犬と猫…ときどき、君
「え?」
突然の謝罪に、意味がわからずポカンとする私の目の前で、さっきまでの勢いを失った彼女が、後ろに立っていた仲野君の背後にスススッと身を隠す。
だけど仲野君に背中をポンポンと叩かれて、再び一歩前に足を踏み出すと、初めて聞くような、落ち着いた声のトーンで言ったんだ。
「ちょっとだけ、お時間いただけないですか?」
ただ事ではないと思った。
だけど、今はまだ診察中で。
「えっと、今じゃないとダメなのかな? まだ診察が残ってて……」
困ったよう告げると、松元さんは一度考え込むように下を向く。
だけど、顔を上げるのと同時に、少し震える声で言ったんだ。
「今言わないと、決心が鈍るから……っ」
――決心。
見たことのない彼女の様子に、困惑してしまう。
“話しを聞いた方がいい”
“でも、聞くのが怖い”
いい話なのか、悪い話なのかさえ分からない私は、その場に立ち尽くして黙り込むしか出来ずにいた。
そんな私の肩に、温かい手がポンッと置かれる。
「……聡君」
振り向くと、いつからそこにいたのか、隣の診察室で診察をしていたはずの聡君が立っていた。
「行っといで」
「……でも」
「何かそいつ、いつもと様子違うみたいだし、今日はちゃんと保護者同伴みたいだし」
聡君にしては珍しい、軽い皮肉が込められた言葉に、松元さんがグッと息を飲むのが見える。
だけど、まるで何かに耐えるように、出かかっていた言葉を飲み込んだ彼女は、確かにいつもとは違う気がした。
「ごめん、聡君。ちょっとだけここお願いします」
「はいよ」
松元さんに対しても、彼女が今から私に話そうとしている事にも、恐怖心が湧かないワケじゃない。
だけど、仲野君もいるし。
何より、どうしても彼女の言葉を聞いておかないといけない気がして、戸惑いながらも、二人を連れて医局に向かって歩き出した。