犬と猫…ときどき、君


「さて、帰るかな……」

結局、今日は一日中忙しくて、なんだかものすごく疲れた。

もちろん、浜田のことがあったせいもあるんだけど……。


チラッと向けた視線の先にある胡桃のロッカーは、きちんと閉められている。


コトノちゃんの前であんな事をしたせいで、胡桃は終始不機嫌で、目が合う度に睨んでくるほどだったから。

もう着替えて、さっさと帰ったのかもしれない。


「まぁ、いっか」

いや、よくはないんだけどさ。


でもあれは本気で怒ってる顔じゃない。

それが分かるから、この程度のダメージで済むんだろうな。


「はぁ……」

それでも漏れてしまった溜め息を誤魔化すように、俺はロッカーから服とカバンを引っ張り出して着替えを済ませる。


それにしても、そんなに怒ることか?


気持ち悪い男のキスマークが首にあるよりは、俺のの方がマシじゃねぇかとか思ったけど……。

そういう問題じゃないか。


「んー……」

取りあえず、ここで考えたって意味がないからと、徐に立ち上がってドアに手を伸ばす。


その瞬間、反対側から開けられたそれに、驚いて手を引いた。


「……お疲れ様」

「お、お疲れ」

そこに立っていたのは、帰ったのだとばっかり思っていた胡桃。

……しかも、まだご機嫌斜め。


「……」
「……」

えぇーっと。


「帰るなら送ってくけど」

「……」

なぜか恐る恐るそう口にした俺に、胡桃は何も言わない。

言わないから、てっきり断られるもんだとばっかり思っていたのに。


「乗ってくか?」

もう一度そう尋ねると、小さくコクンと頷いたから、本当はちょっと驚いた。


一瞬、“もうプロポーズ断られるのか!?”なんて考えが頭を過ったけど、それはそれで仕方がない。

机の上のカバンを持って、病院の施錠を終えた俺達は、それからお互い何も言葉を交わさないまま、駐車場に向かって歩き出した。

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