犬と猫…ときどき、君


真っ暗になった駐車場に停めてあるのは、変わらない俺のお気に入りの四駆。


仲の良かったディーラーに事情を話して、「売った時の金にプラスで多少払うから、買い戻したい」と告げたら、プラス分なんていないと断られ、ピカピカに磨き上げられた車だけが戻ってきた。


マンションはさすがに引き払っていたから、今は篠崎の家に居候をしていてるけど、本当に不自由ない暮らしをさせてもらっている。


「どーぞ」

「……ありがと」


鍵を開けて車に乗り込んで、乗ることを今更躊躇している胡桃の為に、運転席側から助手席のドアを押し開けた。

それにオズオズと手を伸ばした胡桃は、俺をチラッと見たあとシートにちょこんと座る。


「……」
「……」

何となく、無言。

生活が忙しくてそれどころじゃなくて、CDさえ乗せていない車には、エンジンの低い音だけが響いていて……。


ギアに手を伸ばしかけた時だった。


「あのね、」

聞こえたのは、何か大切なことを話す時の、胡桃の少し低い声。

それにゴクリと唾を飲む俺の前で、胡桃がポツリと言ったんだ。


「――したい」

「はっ!?」

「え!?」

「いや……、えっ!?」


お互い“なに言ってんだ”と言わんばかりの瞳で見つめ合ったたまま、様子を探り合う。


だって……。


「シ、シたいとは……?」

禁欲生活の長い俺にとって、胡桃の唇から紡がれるその言葉って、なんかもう破壊的で。

思わずそんな言葉を口走ってしまう。


だけどそんな一方的で邪《よこしま》な考えは、次の胡桃の言葉で吹き飛んだ。


「結婚、したい」

「――……っ」


もうダメだった。


「ちょ、ちょっと……城戸!?」

「嫌だ」

「えっ!?」

「ちゃんと呼んで」

「……」

「ちゃんと呼んでよ、胡桃」

「春希……んっ」


せっかく何でもない時に、俺の名前を呼んでくれたのに。

だけどどうしても、もっと胡桃を感じたくて……。


また開きかけた唇を塞いで、僅かな隙間から、その舌を絡め取る。


息ができないくらい、深く深く。

胡桃の口腔内を侵す俺の胸を、彼女がグッと押し返してくる。

その手を抑え込んだ俺に、胡桃は肩で息をしながら言ったんだ。


「ちょっと……待って!!」

「無理」

「無理じゃなくって!! ここじゃ……イヤだ」


お前はホンッッットに――……。


「じゃー、胡桃の家行っていい?」


俺の心を甘く甘く痺れさせて、


「うん……」


かき乱して仕方がない。





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