面倒くさい恋愛劇場
 (ずるい)
 微妙に敬語を外しながら、彼が距離を詰めてくる。
 どちらかといえば、好意を抱いていたのだ。わたしは。
 こんな風に、まるで「探していたのだ」とでも言わんばかりに言葉を並べられて、乙女心がうずかないわけがない。

 「『虹』って、時々見るから、嬉しいんですよ」
 「…………気まぐれに現れる『虹』のままじゃ、いるのかいないのかわからない。恋愛したいなら、姿現すところから始めるべきかなと思って」
 どこまでも直球ストレートな人だと思う。
 「わたし、向日葵になる趣味はないのに」
 語外に、あなたを見つめて追いかけるようなことはしたくないのだと含んでみせる。
 けれど、相手はそれを汲み取った上で、嬉しそうに笑った。
 「お、『虹』から『太陽』に昇格しそう?」
 「だから、向日葵になる趣味はないんですけど」
 「もちろん、見られるだけだとこっちが気になって面倒だから、声かけさせてもらうよ。追いかけさせるなんてさせない」
 だから、向日葵にはなりたくとも、もうなれないのだと、そう、自信満々に答える彼に笑い出したわたしは、そのまま笑いが止まらなくなってしまった。
 (声をかける方が、面倒だと思うんだけど)
 こんな感じで始まる恋愛があるのだろうかと思うけれど、実際に始まってしまったみたいなのだから仕方がない。
 見てるときのささやかな幸せも好きだったけれど、会話から生み出されるこの空気には、敵わない。

 「いいですよ。じゃ、わたしが気付かなくても、じゃんじゃん声かけてくださいね」
 「おう。任せておけ」

 恋愛って、こんなに簡単なものだったかなと思う。
 ずっと、もっと面倒なものだと思い込んでいただけなのかもしれないけれど。
 ただ、見つけるとなんだかラッキーな気分でウキウキするだけから、見つけるとなんだかハッピーな気分でドキドキする存在に変わった彼を見上げながら、わたしは小さく微笑んだ。

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