≡ヴァニティケース≡
今となってゆっくり思い返してみれば、東京での生活は散々なものだった。と美鈴は溜め息ながらに思っていた。そもそもあの男、隆二と知り合ってしまったのが間違いの始まりだったのだ。
それは一年程前のある日。彼女は教材販売の営業で、郊外のベッドタウンに立っていた。
約束の時刻までは間が有ったので、どこで暇を潰そうかと、丁度タバコに火を点けたその時。
「俺、隆二。彼女一人?」
いきなり声を掛けられて、彼女はつい値踏みをするような目で男の全身を見回した。彼は美鈴の視線を浴びても尻込みするどころか「どうだ」とばかりに胸を開いている。
「貴方、変わった人ね」
ただ喫茶店に入って紅茶を飲むだけではつまらないと思っていた美鈴は【渡りに船】と、男の誘いに乗ってしまっていた。
「俺、ハスラー目指してたんだけど挫折してさ。どう? あそこのプールバーは行き付けだから融通が効くけど」