≡ヴァニティケース≡
いかにも遊び人風の出で立ちをした男が、後に交際する事になる隆二だ。彼は慣れた様子で美鈴を促し、彼女の反応を楽しんでいるようだった。
「へえ、そうなんだ。でも人と会う約束が有るし、残念ながらそこまでは時間ないのよ」
その時、美鈴は自分の中でちょっとした賭けをした。隆二が本気なら、断りめいた言葉にも食い下がってくる筈だと。いや、その時には既に、食い下がってくる隆二を期待していたのかも知れない。目に写る彼の全てが、美鈴の女性である一部分に甘い金属音を響かせていた。
だが。
「そうか、それなら仕方がない。俺はあそこに居るから、その用事が終わったら来れば?」
そう言い切って踵を返した隆二は美鈴を残し、スタスタと立ち去ってしまう。
「え、と……あの……」
余りに早い彼の切り返しに、ぐうの音も出ず立ち尽くしてしまった美鈴は、心の中で舌打ちしていた。或いは「ちっ、なによあの態度」と、口の中で呟いていたかも知れない。
だが最も腹立たしかったのは、決定権が美鈴に委ねられたという事だ。誘われたから仕方がなく行ったという、免罪符を与えてくれなかった事だ。
「どれだけ自信家なのよ!」
とうとうそう口を突いて出てしまう程に、美鈴は憤慨していた。それが隆二の手だったという事にも気付かずに。