≡ヴァニティケース≡
「キャァァァァアッ!」
「逃げろ、早く!」
危険を報せてくれた声の主が、ナイフを手にした目出し帽の男と揉み合っている。叫ぶ声の懸命さも尋常ではない。
「グズグズするなっ、明るい所まで走れ!」
「は、はい!」
振り返る余裕などなかった。よろめきながら必死になって走った。どこかでサンダルが脱げたらしいが、それにすら気付かなかった。一瞬の出来事のようでもあり、長い長い悪夢のようでもあった。
─────間違いない。私を助けてくれたのは、あのパーカー男だ!─────
振り下ろされたナイフは、美鈴の鼻先をかすめていた。もしパーカーの男が割って入らなかったら、どうなっていたか解らない。 数日前には恐怖したあの男に、今は救われたのだ。