≡ヴァニティケース≡

─────だとすると彼は、私を守る為に様子を窺っていたの?─────


 突然の出来事に美鈴は混乱していた。


「フフフ」


 剰りに非現実的過ぎて、小走りに駆けながら可笑しくもないのに笑った。思考が暗い隧道スイドウに迷い込み、経緯も時系列も何もかもがあやふやになっている。


 だが、どう考えを巡らせてみても、付きまとわれていたストーカーに助けられる理由が思い浮かばなかった。それにそもそも金も権力も無い只の女を狙った所で、誰が得をするというのだ。付きまとうも襲うも助けるも、あまり同時に起きうる出来事ではない。


 ならば女の体が目当てだ。……とも考えにくい。よほど極端な性的嗜好の持ち主でない限り、いきなり切りかかるのは明らかに異常だ。暴行犯風情に普通の思考というのは憚られるが、その一般的な見解からは女が生きているからこそ暴行が成立する訳で、死んでいたら意味がない筈だ。仮にさっきの男がそうでないとしたら、アンドレイ・チカチーロかエド・ゲインか、いずれ日本で多聞する暴行犯ではない。



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