≡ヴァニティケース≡
「よしっ」
口にあてがった手のひらに息を吹き掛け口臭をチェック。リーサルウエポンであるPCを肩から掛け直した美鈴は、気持ちも新たに生徒の待つ家へと向かった。
だが、そんな意気込みに反して、生徒と親に現役合格の難しさを説いている時も、自社製品がどれだけ優れているかアピールしている時も、家庭教師や予備校の欠点を事細かに並べ立てている時も、頭の中には隆二の付けていたブレスレットや胸元に光っていた認識票、そしてシルク素材のダブついたシャツから覗く逞しい筋肉が過り、まるで集中出来なかったのである。
「一体私、どうしちゃったんだろう……」
全くいつもの調子が出ず、ただ時間ばかりが無為に過ぎていった。