≡ヴァニティケース≡

「あれは暗がりに現れた通り魔と、私に思いを寄せる良心的なストーカーだった……んん? 私ったら馬鹿ね」


 剰りにも幼稚な推測に、美鈴は自分の脳を疑いたくなり、そんなイマジネーションの乏しさを嗤った。推理小説などろくに読んだことはなかったけれど、今後は考え直さなければいけないだろう。


 恐怖よりも尚、不可解さを強く印象づけられた一件だった。


 そして正体不明の二人の男は、敵なのか味方なのか。或いはそれぞれに思惑が有って、状況に依って敵にも味方にもなるのか。ヴァニティケースの写真といい、美鈴の知らない所で何かが動き始めているのは確かだ。


 一方、美鈴が襲われた路地の暗がりでは、路上にパーカー男だけが佇んでいた。


「はぁ、はぁ畜生!……逃げ足の早い野郎だ」


 男はフードを乱暴に脱ぎ、だが静かに辺りを見回す。騒ぎを聞いた誰かが警察に通報している可能性も有る。この言葉を漏らして、尚ここに留まっていては真っ先に職務質問されてしまうだろう。


「しかしうかうかしてられねえな……。早く報せねえと」


 荒い息と、夜に溶け出すかのような呟きを残し、男は闇へと紛れて行った。


〜付き纏う影〜


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