≡ヴァニティケース≡

「……ああ俺だ。あいつら、いよいよ本腰入れてきやがったぜ」


 パーカーの男は名前を塚田といった。美鈴を襲おうとした男との格闘でもさほどの怪我はなかったらしく、息さえ整ってしまえば大通りを歩く通行人にも彼を訝しく思う者はいないだろう。街の喧騒に紛れて通話している姿は、どこから見ても普通の若者だった。


「いや、今回は一人だったが次もそうとは限らねえ。早いとこ増員した方が賢明だな……そりゃ勿論だ。貰うもんさえ貰えればな……ああ、解った。すぐ手配する」


 彼はスマートホンのディスプレイに付いた皮脂を几帳面に拭くと、それをパーカーのポケットにしまい込んだ。


「まあ、こっちもプロだ。ここ数日は既に三人態勢だったんだがな」


 そうひとり呟いて、小走りに人混みの中へと消えて行った。



< 133 / 335 >

この作品をシェア

pagetop