≡ヴァニティケース≡

 そう無理にでも蒔田を犯人に仕立て上げて自分を納得させるしかなかった美鈴は、お湯から顔を上げると、水を弾いている自らの乳房に手を添えた。


 トクン、トクンと、胸の鼓動はまだ微かだが早い。それが恐怖からか、或いは興奮からかは解らなかったが、いずれにしても相手が直接的な行動に出たからには、こちらも手を打ち易くなったのは確かだ。美鈴が目を閉じると、その脳裏に蒔田のいやらしい笑みが浮かんできた。


「うん。やっぱり明日、奴にカマを掛けてみなきゃ」


 美しく、強い女が美鈴の理想とする生き方だ。そして美しい生き物は時として、その端正さの中に鋭利な毒針を仕込んでいたりもする。ギリシャ神話に登場するメデューサも、そもそもは美しい女性であったらしい。ステンノ、エウリュアレ、メデューサの三姉妹を醜悪な姿として後世に伝えたのは、他民族を脅威と感じていたギリシャ側の吟遊詩人達だったのだ。



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