≡ヴァニティケース≡

 その男は、もう一度部屋の中を見回した。


「誰ぞ見てる筈もあらへんのやけどな」


 そして胸に抱えている箱に語り掛ける。


「上手いこと働いてや」


 一頻り箱を撫で回すと男は背伸びをしてそれをしまい、部屋に鍵を掛け、何気ない顔でその場を後にする。


 錆びくれた鉄骨階段の足元に咲いたグラジオラスが、男の背中を見送っていた。



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