≡ヴァニティケース≡
「よしっ、酒井が前に出たら挟み撃ちだ!」
だが、ステーションワゴンを追って赤信号の交差点に侵入した酒井は、右から走ってくる軽自動車に気付くのが遅れた。
「危ない!」
瞬間、けたたましいブレーキ音が真夜中の街を切り裂いた。道路には醜くタイヤ痕が尾を引き、白煙がヘッドライトに映し出されている。酒井の車は大きく道を逸れ、歩道の植え込みに乗り上げてしまった。
「逃がすか!」
立ち往生している赤いスポーツセダンを横目に、塚田達が乗った車は白いステーションワゴンを追う。
「大丈夫か? 酒井……ああ、心配するな。俺達が必ず奪い返すさ」
車は動けなくなったが、酒井本人に怪我は無かったようだ。塚田はみるみる鬼の形相へと変わり、皆を見回しながら言った。
「いいかお前ら、ナメられたままじゃ済まさねぇからな!」
「はい」「やってやりましょう」「殺っちまえ」
狭い車内に荒々しい声が響く。スモークが貼られた窓が、今にも曇らんばかりの熱気だった。