≡ヴァニティケース≡

「しかしあいつ、中々の腕前ですよ」


 大型車が並走している隙間をすり抜けて前に出たステーションワゴンに、角林が舌を巻いて溢した。挟んだのが牛乳屋のトラックだったら、ワゴンのドライバーを本当にデリンジャーと疑ったかもしれない。


「なんだ角林。泣き言か?」


「んなわけねぇだろ木下! 見てろ」


 意地になった角林は、路肩から強引に前へ回り込んだ。大型車達は挙って顰蹙のホーンとパッシングを浴びせるが、気にしている余裕など無い。矢のように背後へと飛び去る常夜灯、唸りを上げるエンジン、僅かに開けた窓からは風切り音が喧しく鳴り響いている。


 やがて膠着状態のまま篠インターを過ぎ、天岡山トンネルに入ると、追い越し車線をノロノロと走るトレーラーにワゴンが捕まった。


「ぶつけて停めろ」


 遂に塚田が荒っぽい指示を出した。いつまでもこのままでは相手に逃げられてしまう。逃げられないまでも、一般車両の邪魔が入るか警察官に免許証の提示を求められるか、いずれにしても追跡が困難になるのは明白だ。



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