≡ヴァニティケース≡
「お待っとうさん」
すると、そこへ和服に身を包んだ妙齢の婦人が姿を現す。一目で高級品だと解る着物の柄は、彼女の年齢よりもいくらか若めではあったが、容姿が美しいので殊更派手な印象は受けない。
「おお、奥様。お加減はいかがですかな?」
男は首だけで振り返りそう言うと、指で摘まんだチョコレートマカロンを頬張り、またソファーに深々と背を沈めた。
婦人は男の言葉を哀艶な笑顔で受け止め、だが一瞥もくれない。
「あんたはんとの腐れ縁もなごぉおすなぁ。まだうちのことは諦めてくれへんのですか?」
窓辺に立ち、庭のどこを見る訳でもなく視線を遊ばせている。
「ははは。まあ、そうとんがらずに。ほら、そんな所に突っ立ってないで座ったらどうですか」
「まったくもう、自分の家みたいに……。まぁうちがあんたはんの物になれば、ここもそうなる訳やけど……」
「これはこれは。酷い言い様ですな。まるで私が金目当てで貴女に言い寄ってるみたいじゃないですか」
男は苦笑いをしながら腰を浮かせ、今度は抹茶マカロンに手を伸ばした。