≡ヴァニティケース≡

 それを見た男はソファーを立って婦人の隣に席を入れ替える。


「本当ですよ。まあ貴女には相当なショックでしょうが」


 彼女の頭を膝に乗せて優しく撫でながら耳元で囁く。


「仲間に高名な心療内科の医師が居ます。私の名前を出せば紹介状も要りません。どうですか、一度お嬢さんを診せては」


「でも、どうして彼女の事をうちの娘が知ってしもたんやろ……」


 彼女は弱々しく言った。いったん唇をぎゅっと締め、それから思い出したように言葉を繋げる。


「絶対にわからんよう、接点をなくしてたんと違いますの?」


 震えた首を起こし、男を見上げた。だが、男はそんな彼女の反応すら楽しんでいるようだ。


世の中には、他人が上手く行っていない方が身入のいい職業というものもある。特に医者、弁護士、葬儀屋、カウンセラーなどは人の不幸がそのまま自分の商売の種になるのだから、彼らが他人の不幸を見る目も、次第に慣れてくるというもの。


無論、この男もそうなのだろう。婦人に格別の配慮をしているようには見えない。



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