≡ヴァニティケース≡
「それは、ほら、仕方が無かったんですよ。貴女が婚姻届に判さえ捺してくれれば、私の口も貝のように閉ざしていられたのに」
その言葉を聞いた途端、婦人は目を見開いて叫んだ。
「えげつない! あんたがあの子に教えたんか? そないなことまでしてうちを追い込もう言うのんか? そないお金が欲しいんか!」
「またまた人聞きの悪いことを。元々は貴女自身が蒔いた種じゃないですか。貴女が縋って来たからこそ、私だって動いた。違いますか?」
「それは……うちも悪かった思てます。我が子可愛さにやってはいけないことをしてしもたんは……。けどな、娘もそうやけどあの子かてうちの子や。あっさり殺してまうなんて……そないなことでけしまへんやろ!
はぁ、はぁ、それに話を持ち掛けて来たんは元々、あんたはんやろがいっ! はっ、はっ、はっ……」
次第に婦人の呼吸が荒くなり、身体が小刻みに震え出す。それでも視線は一筋の道となって男を貫いている。
「それを娘に言うやなんて、あんたはひどい人や! はぁ、はぁ、くっ……」