≡ヴァニティケース≡
「私はね、あんたらが……いや、育ちのいい奴ら全てが憎かった。三十歳の私が奨学金の返済に苦しんでいる時、親の金で開業医になる瓜みたいな顔のガキが恨めしかった。大学を卒業していきなり准教授になるコオロギ顔の若造が癪に障って仕方なかった。若い時の苦労は財産などという、そんな金持ち目線の一般論に、はらわたが煮えくり返っていたんだ!」
自分の言葉に興奮した男は婦人の肩をガクガクと揺する。カッと見開かれた目も、真っ赤に血走っていた。
「そんな時、千載一遇のチャンスが舞い込んできた」
「まさか……まさか初めからそのつもりで……」
「生まれは選べない。選択の余地など無いんだ。確かに恵まれている、いないは持って生まれた運命なのかも知れない。だが恵まれない者達が、仕方なかったで済ますことが出来ると思うのか? 運は自分で切り開くものだとして、では不運は全くの自己責任だとでも言うのか? それまで垣間見るだけで踏み入れなかった別世界の人種、その既得権を享受出来る好機が自分の目の前におめおめと転がってきたんだ。私がそいつに食らい付いてなにが悪いっ!」
「うちを、うちら親子をどないするつもりなん?」
男から吐露された思い掛けない告白に、婦人の瞳は涙でジリジリと焦がされている。