≡ヴァニティケース≡

 あの忌まわしい事件から二週間が経ったが、今も美鈴は日々を何かに恐れながら暮らしている。階下の住人が毎夜決まって流す音楽にさえ慄オノノく始末で、夜は眠れぬままベッドに横たわり、自分はいつまた拐われるのではないかと体を丸め、震えていた。


 正直、この町を出ようかとも考えた。どこか遠くへ……それこそ故郷の沖縄にでも帰ろうかと、そう思ったのも一度や二度ではない。


─────これからどうしよう─────


 当然、職場にも顔を出してはいなかった。仕方なく蒔田に頼み、今は休職扱いにして貰っている。未だ全ての疑いが晴れていない以上、彼に弱味を見せるのは躊躇われたが、もうどうにでもなれという気持ちだった。誰が敵で誰が味方なのか、そんな判断が出来る精神状態ではなかった。勿論、もしもの事がないよう職場近くの喫茶店にわざわざ蒔田を呼び出し、そこで休職を願い出た。


 だが、どういうつもりだったのか、果たして蒔田は意外なほどあっさりと休職を了承してくれた。



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