≡ヴァニティケース≡
その後、小一時間ほど話しただろうか。手続き上の照会をいつかと他愛のない質問をいくつかされて、その日から美鈴は仕事に行かなくなった。文字通り引き込もっている。実際の話、一連の事件がどうなったのかなど見当も付かないまま、その結末を見ていない。今も恐怖が消えないのはそれの所為だ。
思えば京都に来てからというもの、悪酔い必至のジェットコースターに無理矢理乗せられているような日々だった。堪能する筈の毎日が、戦慄する毎日に差し替えられていた。なんと理不尽な、なんと非常識な現実だろう。
─────許せない─────
フツフツと、形のない怒りが湧き上がってくる。
どう考えても尋常ではない。これはひとりの、それもなんの変哲もないただの女が遭遇する事件の範疇をとうに超えている。運悪く悪霊に憑かれていたとしてもこれ程ではないだろう。仮に憑かれているとすれば、その悪霊ですら食傷気味になって逃げ出すのではないか。不運にしても程がある。
誘拐されたあの日、あの地下室で見た女の顔は、確かに美鈴に似ていた。いや、美鈴の顔そのままだった。今となっては拘束されていたのが自分なのか、それとも銃を撃ったのが自分なのかもあやふやに思える程だ。