≡ヴァニティケース≡
だが、それはおかしい。人間は同じ空間で別の意識を刻めない。あの女が美鈴本人でないのなら、それは双子かドッペルゲンガー以外には考えられない。もちろん、前者でも後者でも敵にはなり得るのだが。
しかも女は美鈴のことを【偽物】と呼んでいた。そしてあからさまな殺意を向けていた。仮に、仮にだ。単に二人がよく似た他人であったとしたら、あの発言はおかしい。似ていること以外の、本物と偽者の定義からして曖昧だ。やはりカタワレを殺したくなる確固とした理由が存在して然るべきである。
加えてあの七三男は女のことを【お嬢様】と呼び、へりくだった態度で接していた。そこが尚更釈然としない。古今東西、同じ顔をした者に命を狙われるのは金持ちの方と相場が決まっている。奪うべき財産がなければ殺人まで犯す意味がない。貧乏人には狙われる要素などない筈だ。
ならば、やはり……。
─────私は死なない。死ななければいけない理由なんて、どこにもない。勝って、そして笑って生きるのよ─────
美鈴は携帯を開いた。このまま守りに終始していてはいずれ殺されてしまう。時は既に、攻めに転じなければいけないタイミングなのだ。実はもう、あまり時間は残されていないのかも知れなかった。