≡ヴァニティケース≡

「これは失礼。でもね、ほらまあ朗報ですよ。どうやら貴女の邪魔をするお母様を、体テイよく排除出来そうです」


 刹那、男がニヤリと歯を覗かせた。こちらも見る者の心をゾクリと寒くさせる冷笑だ。男のどす黒い内面が、表情を通じてゆらゆらと体外に放出されている。


「は、排除?」


 女は椅子から腰を浮かし、慌てた口調で言う。瞳に不安の色が浮かんでいた。


「ちょっと待ったってください。なんぼうちかて、あの女を殺めようとまでは思うとりませんえ」


 女が驚くのも無理はない。人生において少々の悪事ならば、それは確かにスパイス程度だろう。しかし、一重に悪事とは少々が多少になり、多少が多大へと膨張して行くもの。主観にのみ委ねられた最も恐ろしいスパイスのひとつとも言える。これでは男の主観こそが疑わしい。


「大丈夫。まあ私だって、お母様を殺したいなどとは思っていない。だからこそほら、この案にしたんだ」


「この案?」



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