≡ヴァニティケース≡
男には苦い過去があった。彼は大学を卒業して研修医をしていた頃に、実力だけでは届かない現実を嫌というほど思い知らされた。派閥、学閥、家柄。およそ能力とは無関係なそれらに辛酸を舐めさせられた。だからどうしても権力が欲しかったのだ。金だけではない。他人をひれ伏させる全ての力を欲しいと願っていた。
─────俺は昔から、物心着いた頃からお前らにイラついていた。いつか、どんな方法を使ってでもお前らを屈服させてやりたいと思っていた。家柄だけで思うがままに生きているお前らを、この世から抹殺したかった。お前らはクズだ。俺は知ってるぜ。お前らは常に誰かを否定し続けていないと、自分の精神の安定が図れないよな? 自分に絶対逆らえない輩を見付けては、そいつを貶めて安心するんだ。だから家柄とも学閥とも無縁な俺を、いいように利用したんだ。なあ、答えてくれよ。俺を山奥の無医村に四年間派遣したのは何故だ。他にも候補者は居た筈だ。帰ってきた時の居場所を奪ったのは誰だ? ろくに患者を診たこともない、あの上司か? それとも同期で病院長の一粒種だったあいつか? 製薬会社のコネで医者になった後輩か? いいや、全員だ。間違いない。その証拠に、その四年間で上司は自分のミスを俺になすり付けて隠蔽した。同期の男は俺の研究成果をすっかり盗んでいた。後輩のガキに至っては女を横取りしていた。で、なのに奴らは戻った俺にこう言ったんだ。「今回の件は、君が詳しく報告しなかったからだ。後の処理は私がやっておいた。まあ、ひとつ勉強になったとでも思いなさい」「そもそもが共同研究だったからね。君が居ない間に僕が進めておいたよ。父も君には期待していると言っていたし、これからも僕の力になってくれるよな」「すみません、先輩。僕の母が彼女を気に入っちゃって。でも、彼女も今は幸せだって言ってます。だから先輩も祝福してくれなきゃ」だと? ふざけるな! これが看過出来るか? 許せるものか。全くもって認められない! だから俺は復讐を望んだ。そうとも、奴らにあって俺になかったのは背後の力だけだ。能力は劣ってない。だが、もうすぐだ。首を洗っていろ。権力さえ手に入れば奴らに復讐出来る─────