≡ヴァニティケース≡
果たして生存競争か自然淘汰か、人間には今もはっきりと野生の強かさが残されている。いくら心で否定してみても、自らが定めた以上には他者を保護出来ないし、保護し切れないという自己防衛本能がきっちりと働いている。
所詮、人間社会など瓦礫のピラミッドだ。人と人とは確かに支え合っているけれど、他者を支えている接点はわずかでしかない。いつそれが崩れて互いを引き裂き、生きたまま打ち砕いたとしても不思議ではない。身構えると足元が疎かになり、足場を固めると頭上から瓦礫が降ってくる。そんな人生に運命論などを持ち込むのは、とんだ茶番劇でしかない。
────悩むことはないわ。そう、全く必要ない。心配なら、尚更頭を空っぽにすればいい。生きるために行動して何が悪いと、開き直ってやればいい────
美鈴はキュッと手を握り締めていた。
────私は生まれ変わるの────
約束をした店までは徒歩で15分ほどだったが、美鈴は早めに家を出た。約束の30分前には店の中に居たかったからだ。
擦りガラスに依って個室に仕切られた酒場は『カタルシス』と名づけられていて、店内は手元だけ見えればそれでいいだろうとばかりに薄暗い。駅裏の隠れ家と評するよりは怪しげな溜まり場に近い雰囲気だ。人に聞かれたくない相談をするにはこの上ないのかもしれないが、初対面の相手とならばあまり訪れたい場所ではないだろう。