≡ヴァニティケース≡
するとそこに5分遅れで男がやってきた。
「遅くなってえらいすんまへんな」
「いえ……」
美鈴にはなんの確信もなかった。これまでも決定的に情報が不足していた。謎を調べるつもりだったのに何故か自分が調べられていて、解らないことだらけのまま、ただ危機だけが次々と迫ってきているという印象は拭えない。
古い写真に写っていた鈴奈のこと。その写真が何故か美鈴の部屋にあったこと。ある日を境にして何者かに狙われるようになったこと。果たして誰に依頼されたのか、美鈴を守ってくれる者たちが現れたこと。過去にあった鈴奈に纏わる一家惨殺事件。美鈴自身の拉致事件と、そこにいた自分そっくりの女。偽者の汚名。混在する不可思議な記憶の謎。これら全ての事態が何ひとつとして繋がっていない。掃いて捨てるほどある平凡な日常の生活に、サスペンス映画にまた掃いて捨てるほどある非日常が入り込んできた。美鈴にはその理由が未だ解らない。
「兄さん、わてにはビールを頼むわ」
やってきた男は給仕に……といってもひどく太った禿げ頭の中年にオーダーを伝えると、美鈴の正面にどっかりと腰をおろした。