≡ヴァニティケース≡
日焼けしていない白い首に奇妙なほど赤黒い顔が載っていて、この薄暗い店内では頭だけがぼやけて見える。正直、ホラー映画の画面から飛び出してきたクリーチャーと対峙している気分だ。
「どうやら話を聞く気にならはったみたいですな」
男の口調は普段と明らかに違う。これからどんな話を聞かされるのか。
「別にあなたを信用したわけじゃないけど、今は藁にでも縋りたい気分なの」
「わては藁程度ってことでっか……。まあ、ええですけど。では経緯を説明さして貰います。せやけど、後悔だけはせんといて下さい」
美鈴は男の勿体付ける態度にさえ苛立った。果たしてこの男を信用していいものか。他に選択肢はないものだろうかと自問自答している。
だが、今の美鈴の願いは一日も早くこの事態を収束へと向かわせることだった。日々に怯えることなく、ごく普通の……そう、朝起きて暑い寒いと文句を言い、会社に行って上司が嫌いだとしかめっ面をし、仕事が終わって恋人が冷たいとケンカをし、家に帰って疲れたと呟く、あの誰もが人生とは退屈だと愚痴る生活に戻りたいだけだった。