≡ヴァニティケース≡


 人は皆、口では聞こえのいい事を言っていても、本心では自分に甘いものだ。新聞配達に吠え、客に噛み付く犬を可愛がる馬鹿な飼い主のように、他人の評価から目を逸らして生きている。そうやって心の安定を計っている。人の真実マコトの本性とは、独善的で狭量で夢見がちで下衆な自惚れ屋だ。


 そんな人間が急に他人から「あなたは誰それのコピーだから」と告げられたとしても、到底受け入れられる話ではない。美鈴の顔一面にも「嘘よ」と拒否と困惑を含んだ文字が大きく書かれていた。


「じゃあ、私は事件の時に死んだ娘のコピーってこと?」


「わてはそう聞かされてますよって……」


「誰から? いったい誰から聞いたって言うのよっ!」


「お嬢さんのお母さん。鈴奈はんにでおます」


「ふざけないで。どうして会ったこともない伊藤鈴奈さんが私の母親なわけ? 私の両親……お父さんは死んじゃったけど、母は今も沖縄に居るわ。それに、それに……」



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