≡ヴァニティケース≡
「剰りにも混乱してて、言っている事がよく解らないわ」
「混乱すんのは致し方ありまへん。泣き叫ばんだけマシですわ。少なくともわてはお嬢さんの味方です。泣かれて悪者にされるんはかないまへん」
「いきなりクローンだなんて言われても、そんなの信じられない」
「ほう。では先日拉致された時、そこで貴女にそっくりの女性に会われへんでしたか?」
「あ、あの女ね。 ねえ、彼女はなんなの? どうして私を偽者って言ってたの?」
「そこが今回の事件の根幹ですねん」
もし仮に美鈴がクローンだったとして、では、あの女は誰だ? 美鈴を偽者と呼ぶ彼女が伊藤鈴奈の本当の娘ならば、そもそもクローンの必要はない。だいいち鈴奈の娘は事件の日に死んでいる。たった今そう聞いた。
「解りまへんか? では順を追って話しまっさかい……」
男は背筋を伸ばし、ゆっくりと座り直した。すっかりぬるくなったビールがタプンと揺れた。