≡ヴァニティケース≡
「鈴奈……さん? し、しっかり!」
「ああ、あんたはんはインターンのせんせ。ねえ、美鈴ミレイちゃんを助けたってえな! 可哀想なミレイちゃんを生かしたってえな。ミレイちゃんミレイちゃんミレイちゃんミレイちゃん……あは、あはははははは」
鈴奈の様子を見て、男は静かにベットから離れた。踵を返し、ドアへと向かって行く。
「本当に壊れたな。まあ、今は願ってもない」
彼は振り返る様子もなく、暗い廊下へと出ていった。
─────その翌日。
「おはよう、美鈴ミスズ君。身体の方はもういいのかい?」
顔を見るなり石田が声を掛けてきた。
休職明け、久し振りの出勤だ。彼は美鈴の顔を見に、朝一で事務所へ駆け付けてくれたようだ。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。御心配をお掛けしました」
「そうか。だが、それにしては顔色がすぐれないが」
「少し寝不足なんです」
「あまり無理はするなよ」
「ありがとうございます。念のため始業前に少しだけ席を外して、冷たい水で手を洗ってきます」
「調子が悪くなったら遠慮せずに早退するんだぞ」
「はい」
石田は相当に美鈴を気遣っているようだが、反して、トイレに向かう美鈴の心には、これまでとは違う確かな覚悟が有った。