≡ヴァニティケース≡


 昨日、或る男から意外な事実を聞いた。美鈴も、美鈴と同じ顔をしたあの女も、実はクローン人間であるらしい。そう、俄には信じられなかったが、男曰く、ふたりともクローン人間だというのだ。


 だが、問題はクローン人間の存在、その真偽ではない。


 いま重要なのは、女が美鈴を『偽物』と呼び、殺意を向けていた事実だ。それがどうしても解せなかった。


 何故なら、仮にそれがクローンと言う自分と全く同じ遺伝子を持った人物が存在していたとして、それだけの理由で人は、その『もうひとりの自分』を殺したりはしない。寧ろ生かす。生かして利用する筈だ。


 人類を裕福と貧困とのふたつに分けたとして、どちらかが相手を憎む構図が出来上がるとすれば、結果はおおむね貧困側が裕福側を一方的に憎むのもだ。得てして裕福な者には、そうでない者を睥睨ヘイゲイしたいと言う欲求がある。貧困している者を憎み、殺していてはいつか欲求を満たす相手がいなくなる。搾取側が被搾取側を根絶やしにする訳はない。吸血鬼が人間を皆殺しにしないのと同じ理由。反して被搾取側に有るのは漠然とした憎しみだけだ。



< 298 / 335 >

この作品をシェア

pagetop