≡ヴァニティケース≡


 美鈴が手を洗い終え事務所に戻ると、蒔田が待ち構えていたように嫌味を言ってきた。


「おう新人。なんや朝からバタバタと、喧しやっちゃなぁ」


「すいません、先輩。もう大丈夫ですので」


 だが、彼も放っておいていい。重要なのは終業後だ。明日が来れば明後日も来る。今夜はそんな覚悟が必要なのだ。


 昨夜、美鈴が男と会ってから帰宅した時。マナーモードになっていた携帯が美鈴のバッグの中で震えた。差出人のアドレスに覚えは無い。本文だけで、絵文字も顔文字も何も無い、そっけないメールの着信だった。


 書かれていた内容はこうだ。


『残念だが俺達はもうお前を守ってやれない。忠告する。これからは気を付けろ。出来れば国外に逃げた方がいい。命が惜しかったら言うことを聞け』


 それは極めて一方的な物言いだった。しかし、一体誰からの手紙? とは考えなかった。彼らには何度も助けられている。すぐに顔までが美鈴の脳裏に浮かんだ。



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