≡ヴァニティケース≡


 あとは彼らが内容をどう受け取るか。わざわざ契約の解除を手紙で知らせてくる位だ。美鈴のことを悪くは思っていない筈。彼らの不利益にさえならなければ、恐らく……。


 やがて日が傾き、いよいよ終業の時間がきた。


─────鬼が出るか、蛇が出るか。いっそ一条戻り橋に寄り道でもしようかしら……─────


「ほなわいは先、往ぬで」


「先輩、お疲れ様でした」


 最後まで残っていた蒔田が帰ると、遂に美鈴は事務所にひとりきりで佇んでいた。


「さて……と」


 美鈴は思い立ったように深呼吸をひとつしてから身支度を整え始めた。通勤用のトートバッグからバタフライナイフを取り出し、ジッパーの付いた内ポケットにしまう。裁縫用の小さな糸切り鋏も、袖の裏にある折り返しの中に入れた。



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