≡ヴァニティケース≡


 さき程から背後に足音を聞く度、立ち止まってみるが、時間的にまだ少し気が早いのだろう。美鈴に対して不穏な空気を発している存在を認めることは出来なかった。


─────アパートの近くまで行こう─────


 職場の周辺はまだ人が多い。時刻も早く、何者かが接触してくるにしてはまだ条件が良いとは言えない。左京区の自宅近くまで帰れば、狙う側としてもやり易いのではないか。


─────もう少し暗くなった方がいい。電車に乗って自宅近くの駅で少し時間を潰せば、逢魔時を過ぎて真の暗闇がやってくる─────


 そう思い、美鈴はゆっくりと駅に向かった。


 駅舎を潜り、改札を抜け、やがて電車が警笛を鳴らしつつホームに滑りこんで来た。ドアが開いたらすぐに乗り込み、見通しの良い連結部分近くに陣取る。



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