≡ヴァニティケース≡


─────もし私を狙う奴らが乗っていたとしても、電車の中で手を出してはこない。来るのは確実に降りてからだわ─────


 乗客の少ない車内。車窓を後ろに流れていく景色と、それを見詰める美鈴の顔がオーバーラップしている。


 彼女は、自分のこの顔が大好きだった。しかし、それが現在起きている事件の原因ともなっている。ヴァニティケースにあった写真と瓜ふたつのこの顔。京都に来るまでは自分と同じ顔の人物が存在するなど考えてもいなかった。


 あの男が言った通り、もし美鈴が本当に誰かのクローンならば、では、自分は誰をして本当の親と思えばいいのだろう。倫理観と法整備が技術についていっていない状況で、クローンとして生を受けた者の存在意義はどこにある? 自己の同一性は? アイデンティティーは?


 するとその時。派手な化粧をした若い女が二人、突如として美鈴の隣に勢いよく座った。女達は無遠慮に揺れる椅子の上に不躾な態度で座っている。


 不快に思った美鈴は、睨みつけるように右側に居る女の顔を覗き込んだ。



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