≡ヴァニティケース≡


 そして、どれくらい時間が経ったのだろう。美鈴はすぐそばに人の気配を感じて意識を取り戻し始めていた。しかし、鉛でも流し込んだように重い瞼は、それこそ額の筋肉さえ動員しなければ開く気がしない。けれど冷たく固くなった指先には血流を感じる。程無くして美鈴の意識は覚醒した。


─────良かった。私、まだ生きてる─────


 そっと瞼を上げ、瞳だけで周囲を見回す。体は椅子に縛られているが、部屋の中を見回すことは出来た。


 しかし美鈴は視界に広がる光景を見て、悪い夢でも見ているのではないかと思った。


────うっ! ここは……────


 ところどころに血のような痕のある煤けた壁。小蝿の死体が閉じ込められた蛍光灯カバー。カラカラと軋む換気扇。そう、思い出したくもない、ここはあの地下室だ。



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