≡ヴァニティケース≡


 そこに現れたのが、当時インターンとして病院に勤務していた石田だ。彼は「娘を助ける方法がある」と鈴奈に近付いたのだった。


 鈴奈の許可を得て、石田は美鈴ミレイの細胞を採取した。病院の担当医にはそれらしい嘘をついたようだ。当時、研修医をしていた彼に取って、それは造作もない事だった。


 念の為、母親の鈴奈からも細胞を採取していたことは言うまでもない。培養するのは瀕死の重傷を負ったミレイの細胞だ。クローン培養の成功率に、細胞そのものの鮮度が係わっていることは専門家でなくとも解るだろう。


『保険だよ。これは保険さ。彼女は相当な資産家らしい。そんな彼女が娘の命と引き換えに魂を売ったのだ。その背徳心から必ず俺のパトロンになってくれる。俺を陥れた奴らに復讐する為にも、今後の研究費は有って有り過ぎることはない』


 再生の可能性は時間×乗数に反比例して低くなる。自らの野望を果たす為、石田に失敗は許されなかったのだ。



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