≡ヴァニティケース≡


 視線を合わせぬまま、塚田が答えた。その姿は、もうミスズの知っている彼ではなかった。


「まあ、彼らも急に大口の顧客を無くしては困るだろうから、今度は私が雇ってあげたのさ。ターゲットは同じで、目的だけ変えてね」


 石田の背後では、塚田が愛も恐怖も持ち合わせていない無機物のように佇んでいる。


 塚田たち、彼らは決して無法者なのではない。だからと言って愛国者でもない。つまりはアルチザン、職人なのだ。彼らの殺意も好意も、それらを伴ったどんな行為も、全ては彼ら自身の物ではない、依頼人のそれなのだ。


 金で動き、金で忠誠を誓い、金で裏切る。やはりこの世は、全ては金で解決するということなのだろうか。悔しいが美鈴ミスズには反論する手だてが無かった。



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