≡ヴァニティケース≡


「畏まりました。任しとくんなはれ、大城はん」


「もう大城じゃないわ。伊藤よ」


「仰る通りでしたな」


 あの日、ミスズに伊藤ミレイと石田の策略を注進したのは、他でもない蒔田だった。もちろんクローンの事実を告げたのも彼だ。そもそも彼はミスズを守るようにと命じられ、あらかじめ病院に潜入していた鈴奈直属の使用人だった。


「あのメモが無かったら、今頃私はどうなっていたか解らないんだから。こう見えて感謝してるんですよ」


「そこですわ。結果はええように運びました。けど、密偵の仕事としては大失敗ですよってに」


 以前、事務員仲間の宇佐美がお茶を溢してしまった時に目にしたメモには、蒔田と伊藤鈴奈との打ち合わせ内容が綿密に記されてあった。無論、全てはミスズを助ける為、一刻も早く石田から遠ざける為だった。あのヴァニティケースに写真を入れたのも、毎日嫌がらせをしたのも、全ては鈴奈の差し金だった。



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