≡ヴァニティケース≡
4月初めのある夜。一週間振りにこの部屋を訪れた大城美鈴オオシロ ミスズは、買ったばかりのキーホルダーに付けた鍵で少し古びた玄関を開けた。
壁のスイッチを入れ一歩踏み出すと、部屋の中からは青々とした畳の良い香りが漂ってくる。張り替えられたばかりのクロスが新しい生活のスタートを映すかのように、蛍光灯の明かりを白く照り返している。
深く畳の匂いを吸い込んで、山となった段ボール箱をチラリと見た美鈴は、軽く「ふう」と溜め息をつく。そこには現実が否応なく積まれていた。
「はああ。要らない物は処分すれば良かったのよね」
長かった就職難民生活をどうにか乗り切り、漸くあり付いた仕事だ。逸る気持ちを抑え切れずにいた美鈴は、一日も早く職場が有る町に移りたくて、大量の家財を処分する間もなく引っ越して来たのだ。