≡ヴァニティケース≡

 いざ京都で生活をしてみると、毎日が驚きの連続だった。


 古都の街並み、門前に活けられた花、人々の穏やかな言葉使い。鄙びた家屋に架かる格子の風情は携帯画面に疲れた目にも優しい。そして郊外に赴けば山紫水明の風景が心まで癒してくれる。そんな、昔は日本そのものであった筈の温もりが、都会の冷淡さに慣れた美鈴に取っては新鮮に映る。まさに来て良かったと思える町だった。


 だが更に美鈴を驚かせたのは、自分自身に家事の適性が有ったという事実だ。家の仕事がこれほどまでに楽しいとは、ついぞ思ってもみなかったのである。


「私も馬鹿よね。お料理の楽しさを知らなかったなんて」


 思えば仕事で成功していた頃は、食事と言えばもっぱら外食ばかりだった。多忙を理由にして台所には立たなかったし、そもそも料理に費やす時間など無駄以外の何物でもないと思っていた。いくら高額な支払いを食事に費やしても、エンゲル係数は一般家庭よりも遥かに下回っていたからだ。



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