≡ヴァニティケース≡

 けれど今はその報酬も断たれて久しい。貯蓄もとうに底をついている。新しい職場の、資格を得てからの給料ならば少しは余裕が生まれるのだろうが、それまでは当然のようにギリギリの生活を余儀なくされる。


 否も応もなく、自炊するしか無いのだ。


 しかし、定時に仕事を終えて街を散策しつつ、【ゆうげ】に思いを馳せることのなんと楽しいことか。更に細々コマゴマと服を仕分け、洗剤や洗濯方法を選び、思い通りの仕上がりになった時の爽やかさたるや、スポーツジムで一汗かいた時のそれを遥かに上回っている。下着さえクリーニングに出していた美鈴は、そのような些細なことで喜びが湧くなどとは考えもしなかった。あの頃の自分は、人として何か欠けていたのだ、とさえ思うようになっていた。


「掃除して家の隅々まで綺麗になってるのって、すごく気持ちいいし。……もしかしたら私、専業主婦適性Aランクかも知れないわね」



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