≡ヴァニティケース≡
これまでは生き馬の目を抜くような職場で、偉そうな男共を踏み台にしてのし上がることのみに喜びを感じていた。それこそが自らの人生の価値だと信じていた。
しかし、ここ京都の生活で新たな発見を重ねてみて、今は世に言う【女としての幸せ】も、あながち悪くないのではないかと思い始めている。いや、家事に適性が有った時点で、もとより家庭の温もりに憧憬の念を抱いていたのかも知れない。
「いっそ主婦になるのもいいかもね。相手は居ないけど」
そうこうしているうちに暦は過ぎ去っていき、次第に美鈴は新しい暮らしに馴染んでいった。
その日もいつものように出勤をすると、
「美鈴くん。仕事には慣れたかね?」
その声に振り向いた美鈴の前で、見るからに人の良さそうな白衣の男性が、いつもと変わらぬ笑顔で立っていた。