≡ヴァニティケース≡
「おはようございます、石田先生。お陰様で何とかやっています」
彼は美鈴が緊張で歩き方さえ忘れそうになっていた初出勤の日にも、
「私は石田。見ての通り、医師だ」
と、オヤジギャグで和ませてくれていた。父親ほども年の離れた男性ではあったが、見知らぬ土地と慣れない職場に戸惑っていた美鈴にとっては、この石田の存在がどれほど助けになっていたか解らない。
「先生、よろしかったらどうぞ」
美鈴は昨日の帰り道、数日前から喉の調子を気にしていた石田医師の言葉を思い出し、ドラッグストアに寄ってのど飴を買っていた。それをいつでも渡せるよう、上着のポケットに忍ばせていたのだ。