≡ヴァニティケース≡
「お医者様にのど飴をお渡しするのもどうかなと思ったんですが……」
「いやいや有り難いよ。ほら、良く言う医者の不養生ってやつで、中々良くならなくてね」
美鈴は父親を早くに亡くしていた為、石田医師の然り気無い心配りに大人の男性の温もりを感じていた。既に信頼感が芽生え始めていると言ってもいい。まだ短い付き合いではあったが、どう考えてみても悪い男には思えない。もともと彼が東京の出身と言うこともあって、言葉や態度にも多分に親しみが持てた。いくらか駄洒落が過ぎるところもあるが、悪ノリになるまででもない。気が付けば、いつしか石田を父親のように慕っていた。
「飴を貰ったからじゃないが、困ったことが有ったら遠慮なく言いなさい」
「はい、有り難うございます」
柔和な笑顔と、やや薄くなった白髪混じりの頭髪は、訳もなく美鈴を穏やかな気持ちにさせてくれた。長身の、しかも年齢のわりには肩がガッシリとした体躯も伴って、新しい職場で心許ない彼女が頼りに出来る、唯一の存在になっていた。