≡ヴァニティケース≡

「お〜い新人、どこにおんねん!」


「美鈴くん。マキマキが探してるみたいだ、早く行った方がいい」


「は、はい。では失礼します」


 石田は駆け出す美鈴の背中を見送ると、袋から取り出した飴玉を口へ放り込み、片頬で微笑んだ。


 彼が【マキマキ】と呼んだ男は、蒔田牧夫という同じ部署に勤める四十路半ばの事務員だ。他のパートタイマー達とは違い、いずれ自分と同じ立場になるであろう美鈴を、どうやら彼は面白く思っていないようだ。よほど女性に人気がないのか、東京から来た若い女の完璧なプロポーションも、独り者の彼にとってはコンプレックスを刺激される材料であるらしい。その所為も有ってか、蒔田は何かにつけて美鈴を目の敵にしている。


「すみません、蒔田先輩。ちょっとトイレに行ってたんです」


「トイレ? 東京のおなごはこれだから敵わんなあ。よう恥ずかし気もなくそないなことを」


 蒔田は細身の肩を丸め、鈍く光る銀縁眼鏡の奥から鋭くもいやらしい視線を美鈴に注いでいる。なのに口許だけはトランプのジョーカーのように含み笑っていて、彼にジッと見られるとそれだけで背中に虫酸が走った。



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