≡ヴァニティケース≡
「先生。でも、この写真に写っているのは私じゃないんです」
「美鈴君ではない? それでは一体……」
石田は再び写真に目をやり、中の女性と美鈴を見比べている。彼にしてはいくぶん不躾な視線であったが、この場合は致し方ないだろう。そして彼は顎に手を当て、少し首を傾げてから口を開いた。
「本当にここには来たこと無いのかい? さてはオジサンを担ぐ気だったのかな」
「いいえ、まさか。先生、写真の裏も見て下さい」
石田は柔和な笑顔を崩さず、言われるまま写真の裏書きを確認した。するとその顔はみるみる険しくなり、美鈴と写真を代わる代わる見比べ、遂には真剣な顔で、
「信じられない。君はもののけの類いか何かだったのかね?」
と、一言。真顔でそんなことを言われては、美鈴も思わず吹き出しそうになる。もののけであれ、あやかしであれ、現実は京都の街のスケジュールに合わせて生きている筈だ。たとえ希薄な存在だからと言って、過ぎ行く時の流れには逆らえないのだから。