≡ヴァニティケース≡

「あ……はい、ごめんなさい。大丈夫です。ちょっとぼんやりしてました」


 美鈴はブルっと身震いをひとつして石田の声に振り向いた。


「そうかい、ならいいんだが……」


 口では強がっていたが、実は足元さえ覚束ない状態だった。身を震わせたのは木陰の涼しさの所為ばかりではない。


 この時、美鈴は心の奥で何かを捕らえそうになりながら、あと少しの所でそれを掴めずにいた。脳裏は暗澹たる闇の緞帳に覆われ、そこに横たわる黒い物体を確認出来ない状態だった。


 得体の知れないものが背中に張りついて、そのまま増殖しているような不快感に襲われ、美鈴はその感覚に飲み込まれそうになっていた。


「先生。私、やっぱりこの場所に覚えはありません。でも、何かが引っ掛かるんです……」


「そうか。それだったらまあほら、一応は宮司さんにも訊いてみないか。こういった場所だ。もしかすると25年前の記録だって残っているかも知れないぞ?」



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