≡ヴァニティケース≡
まだ季節的にも夕暮れは早い。バスの巨体に揺られて古都を巡ると、街を割って流れる鴨川のせせらぎさえ聞こえてくるかのようだ。
桃色に染まった川原、茜色に輝く川面。渡辺綱や源義経も、これと同じ風景を眺めていたのだろうか。いずれにしても美鈴の目には、このうえなく美しい川として映っている。
「取り敢えず検索してみよう」
美鈴は図書館に来る道すがら、それなりの考えを巡らせて、伊藤鈴奈という人物をどう探し出すかの段取りを組み立てていた。
しかし……。
「関係ない同姓同名の人のブログを読み耽っちゃったわ、私ったら何をやってるのかしら」
然したる苦労もなく有力な情報を得られたというのに、答えに辿り着くのを先伸ばしにしている自分に気が付いた。剰りにも都合良く事が運んでいるのが逆に不気味に思えたのだ。
何か得体の知れない力に導かれたかのようで、おそらくは恐怖に最も近い感情が美鈴を支配していた。