≡ヴァニティケース≡
「首が?」
「体から……は、離れてもうて……」
「鈴奈。大丈夫ダカラ、落チ着キ、ナ……サイ」
しかし、その優しい笑顔とは裏腹に、美治の動きは妙にぎこちなかった。まるで糸がたわんだ操り人形のようだ。
「貴方?」
「鈴奈……首ガドウシ、タッテ言ウン、ダ?」
突然、美治は自分の髪を鷲掴みにすると、乱暴な動作で頭を持ち上げた。
「首ガ離レタカラッテ、ナンダト、言ウ、ノダ!」
鈴奈には、何が起きたのかが解らなかった。瞬間、それは糸屑か口紅か、首に走る一筋の赤い線を見たように思った。しかし次に見えたのは血しぶきを上げて胴体から離れる夫の首だったのだ。
「ワハハハ。見ロ、鈴奈。首ガ取レ、タ。面白イダロ、ワハ、ワハハハハハ」
「いやあぁぁ!」
目の前に美治の顔がぶら下がり、狼狽する鈴奈を見て嘲笑っている。彼が笑うたびに口から血が吹き出して、それが彼女の顔に飛び散った。
「美治はん! やめとくれやす、美治は……ん」
引き攣れた頬、垂れ下がる肉片。暗く落ち窪んだ眼窩に瞳のない目。だが、これが夫である筈はない。得体の知れない他の何かだ。
そう思った時、鈴奈の耳に遠くから誰かの声が聞こえてきた。
「……くさん、奥さんっ! しっかりしとくんなはれ!」
気付けば目の前に見知らぬ男の顔がある。両肩を掴まれ、それこそ首がちぎれんばかりに揺さぶられていた。
「ゆ、夢? ……そちらはんは、どなたはんどすか?」
「わては篠崎言います……こないなもんでおます」
男は鈴奈が目を開けたのを認めると、おもむろにカーキ色のスーツを広げ、内ポケットから警察手帳を出した。
まだ部屋の中に居たらしい。信じたくはない現実が、血生ぐさい臭気を伴って鈴奈の目前に拡がっていた。
「篠崎はん。刑事はんでっか……刑事……警察……せや、警察呼ばな。いやミレイちゃんは……」
目覚めても鈴奈の錯乱状態は続いていた。しかし、ずんぐりむっくりとした初老の刑事から告げられたのは、更に過酷な現実だった。
「それが奥さん。残念なことどすが、すっかりわやどしたわ」